1ヶ月半も銭湯に行かないでいると、疲れが積もる一方なんだな。カラダや心がリセットされない。生活がリセットされない。ダラダラと、まさに時間の流れに完全支配されて生きてしまうのな。
僕が銭湯めぐりをするようになったのは台東区日本堤にあった廿世紀浴場さんが廃業された年、つまり2007年のことで早10年。思えば、この10年の間で1ヶ月半も銭湯を欠かしたことなどなかった。
c.f. 廿世紀浴場 - Wikipedia
1ヶ月半ぶりの銭湯は、左肩手術の傷痕を気遣い、熱湯風呂でない銭湯にしたかった。どうも切り縫いした痕に突っ張る感じがする。長いこと湯に浸かれば、それはふやかされて、改善するのではないかと思ったのだ。
末広湯さんはかねがねぬるめの湯をアッピールしておられる。僕が1ヶ月半ぶりに入る湯として、まさにうってつけだった。
c.f. 末広湯(葛飾区|お花茶屋駅) 時空を超えた銭湯体験 昭和レトロとぬるめの湯でリラックス! | 【公式】東京銭湯/東京都浴場組合
もう楽しみでいてもたってもいられず、開店時刻16:00の15分前に到着。
わらわらと集まりだした常連と思しきおばちゃんたち。あと3分で16:00だというのに開く気配がしない。婆さんが杖で手すりを叩き出した。コンコンコンコン…笑。
「ハイハイ」といった面持ちで戸を開ける旦那さん。婆さん、よかったね!
23番の下駄箱が埋まっていたら、僕が湯に浸かっているかもしれない。
のれんをくぐり、男湯の引き戸を開けると広々とした脱衣場が目にとびこんできた。島ロッカーがないだけで、こんなにも広々とするとは。島ロッカーだけでなく、ソファーもなし。さらに言えば、テレビやドリンク類のケースもなし。
お風呂屋さんにとって、無駄なものが削き落とされていた。
凛とした末広湯さんだが、それだけに隅々まで掃除が行き届いているのが丸わかりだった。
僕が男湯の引き戸を開けると、旦那さんが床にぺたりと座り、開脚ストレッチに励んでおられた。開店前にしっかり掃除を済ませた証であり、清潔さに対する自信だろう。素晴らしい。
僕の銭湯もまずは清潔感を、風呂屋の基本だよな。
今の時代には稀有となった昭和の銭湯で、純粋に湯を楽しみ、入浴行為に集中して、身ぎれいになって、気持ちよくなってほしい。
それが末広湯さんの旦那さんの主たる考えだとわかる。尖り具合が素敵だ。
旦那さんの考えを汲んで、100分の長湯を満喫してしまった。
期待していた「ゆるめの湯」は長湯しても上がったとたんカラダが冷えてしまうようなぬるさではなく、カラダを芯から温めてくれる、まさに適温だった。
肝心の傷痕も嘘のように突っ張り感はなくなり、プレート・ボルトの異物感も和らいだ。左肩が右肩と同じ軽さになった。期待していたとおりの結果に本人ビックリ。
鎖骨に沿って15cmばかりある傷痕だが、赤みもほんのりと薄らいだような。家の鏡に映る傷痕は鏡の大きさに比して長く見えて、見るたびにハゲしく「やってしまったなあ」感に苛まれた。一方で、銭湯の大きい鏡では短く見えた。爪で引っ掻いた傷のようにも見えた。だから「なんだ、大したことないじゃん」と気持ちも軽くなったよね。
しんどくて笑えたのが、桶が木桶だったこと。
水分を吸って黒くなっていた木桶はその分ずしりとひときわ重かった。髪の毛を洗い流すのに難儀した。というか、できなかった。
代わりにシャワーを使えばいいだけの話だが、僕はカランの湯を桶にためて、一気に流すのが好みなのだ。ついうっかりと、いつものように左手で持ち上げて流そうとしたら、傷痕にピリピリとした感覚が走った。冷や汗をかいた。
銭湯オタク界隈を騒然とさせたゴリゴリの美人見習いペンキ絵師の銘を拝見することもできた。葛飾区浴場組合キャラの「ゆーゆほのか」ちゃんも風呂場を華やかにしていた*1。
末広湯さんの場所等はこちら葛飾銭湯の該当ページ( ↓ )を拝見されたし。いいお風呂屋さんです。